Mahansar

[dropcap]シ[/dropcap]ェーカーワーティー。その名を聞いて何らかの反応を示すのは、インド旅行中級者以上であろう。ラージャスターン州の主要な観光地であるジャイプル、ウダイプル、ジョードプル、ジャイサルメールなどを制覇した者が次に向かうであろう場所。日本でのその知名度の低さとは裏腹に、アクセスは意外によく、デリーやジャイプルからほど近い位置にある。

 シェーカーワーティーは特定の町の名前ではなく、デリー、ジャイプル、ビーカーネールに挟まれた地域のことを指す。この地域には、ジュンジュヌー、ナワルガル、マンダーワーなど、いくつかの町がある。これらの町が共通して観光資源として持っているのが、美しい壁画を持つハヴェーリー(邸宅)群である。かつてこの地域を拠点にインド全土で巨万の富を築き上げた豪商たちの邸宅の内外の壁には、その富を誇示するように様々な意匠の壁画が描かれている。その理由から、シェーカーワーティーの特徴的な町並みは「オープンエアー・ギャラリー」の異名を持つ。また、シェーカーワーティー出身の商人家系の中からは、ビルラー、ゴーエンカー、バジャージ、ポッダール、モーディーなど、インドを代表する財閥企業が生まれた。

Nawalgarh

 

 シェーカーワーティー地方は、ビーカーネール王国とジャイプル王国という2つの強国の間に挟まれた回廊地帯となっており、関税が安く設定されていたため、ムガル朝衰退期(18世紀-19世紀)に、グジャラート地方の港と首都デリーを結ぶ通商路や中継貿易地点として栄えた。英国東インド会社によってカルカッタやボンベイなどが開港され、貿易の主流がラクダによる陸上交通から船による海上交通に移ると、シェーカーワーティー地方で財を成した豪商たちは時代の変化を敏感に察知し、それらの港町に移住して、より大規模な貿易に従事するようになった。新天地で巨万の富を築き上げた彼らは、故郷の邸宅の壁を美しい壁画で彩って、競うように富を顕示するようになった。壁画のテーマは多岐に渡っており、宗教関係のものからだまし絵のようなものまで様々だ。ユニークなのは、ヨーロッパ人の肖像画や、商人たちが都会で目にした文明の利器――飛行機、機関車、自動車など――がよく描かれていることである。

 だが、世代が変わるにつれて、町を出た商人たちとシェーカーワーティー地方とのつながりは希薄となり、邸宅の主も徐々に変わって行った。印パ分離独立により、タール砂漠を横断するラクダ貿易は完全に息の根を止められ、他のオアシス都市と同様、シェーカーワーティー地方の町々は中継貿易地としての価値を失い、発展から取り残されてしまった。この地方に残る壁画の価値も、長い間ほとんど見出されることなく、風雨にさらされ朽ち果てるに任されて来た。ようやく近年になってシェーカーワーティー地方の観光資源が見直されるようになり、壁画の保護・補修・修復に乗り出す人々も現れ、インド旅行玄人向けの観光地として静かな人気を集めるようになって来た。日本人の訪問客はまだまだ少ないと思われるが、フランス人観光客には特に人気で、団体客もよく訪れている。

Nawalgarh

 シェーカーワーティー地方には、中世の町並みを残し、美しい壁画で飾られた、いくつもの魅力的な町があるが、僕が一番思い入れを持っているのは、メヘンサルという町である。チュールーとジュンジュヌーの間に位置しており、人口4,500人弱の小さな町だ。豪勢な壁画を良質な保存状態で残すソーネー・チャーンディー・キ・ドゥカーン(金銀の店)やラグナート寺院など、いくつか見所はあるが、シェーカーワーティー観光の中でもトップリストに含まれる場所ではない。だが、この町には独特の、そしてあまり大っぴらにはできない、魅力がある。

 それは、酒である。実はラージャスターン地方の王家には大体どこにも代々伝わる秘伝の酒があるようなのだが、その中でも特に有名なのが、ここメヘンサルの酒だ。1956年にラージャスターン酒類製造販売規制法(The Rajasthan Excise Rules)が施行され、以後酒類の自家製造は規制されているのだが、メヘンサルの酒は公然の秘密として作られ続けており、選挙のときには政治家たちが(違法に)有権者に振る舞うために買って行くのだと言う。これら秘伝の酒は、アーユルヴェーダの薬と製法が近く、各種の薬草や香辛料を混ぜ合わせて造る。強壮剤や精力剤のような力を持った酒もあると言う。

Mahansar

 メヘンサルの酒は、聞くところによるとデリーやジャイプルの一部の酒屋で「マハーラーニー・メヘンサル(Maharani Mahansar)」のブランド名で市販されていると言う。ただ、僕は今まで目にしたことはない。ネット上でもあまり情報が得られない。また、やはり市販の飲料なので、関連諸法に適合する形でアレンジされており、オリジナルの味にはなっていないとも聞く。

 メヘンサルの酒を飲むために最高の場所は、メヘンサルのタークル(領主)の居城である。現在、その一部がナーラーヤン・ニワース・キャッスルという名前のヘリテージ・ホテルとして宿泊客に開放されている。ここに宿泊し、夕食時にオーナーに「スペシャル・ワイン」を頼んでみると、運が良ければ出してもらえるだろう。12月が酒造りの時期となっているため、この前後では在庫が底をついていることもあるかもしれない。

Narayan Niwas Castle

 ナーラーヤン・ニワース・キャッスルのマヘーシュワル・スィン氏によると、基本的には何からでも酒を造ることができるのだと言う。僕は今までに2回、このヘリテージ・ホテルに宿泊し、ソーンフ(ウイキョウ)、カルダモン、オレンジの酒を口にした。どれもアルコール度数90%の強力な蒸留酒で、水で割って飲むのが普通だ。元は透明なのだが、水を混ぜると濁る。後から知ったのだが、ギリシアのウゾやトルコのラクなど、同様の特徴を持った酒が世界にはある。このメヘンサルの酒も、それらと製法や成分が似ているのかもしれない。

 ナーラーヤン・ニワース・キャッスルの楽しみは酒だけではない。ここの食事は、マヘーシュワル・スィン氏が「ここよりおいしい料理はない」と豪語するだけあって、非常においしい。王家に代々仕える料理人が薄暗い部屋でニヤニヤ笑いながら床上料理をしている。しかも自家製のレシピ本(英語)を購入することもできる。誤植だらけで雑多な本ではあるが、この小冊子に載っているシンプルなレシピで作ると不思議とおいしく出来上がる。いつしか我が家では「メヘンサル・レシピ」と呼んで重宝するようになった。インド料理と言うと、何種類ものスパイスを混ぜ合わせて作る複雑かつ神秘的な料理のイメージがあるが、実は限られたスパイスを効果的に使うことで、野菜の味を引き立たせ、素晴らしい味となる。メヘンサル・レシピからそれを学んだ。

Mahansar Food

 中でも我が家で一番のヒットだった「Carrot and Peas」のレシピをここで特別に紹介しよう。ニンジンとグリーンピースの料理である。これら2つは、子供があまり食べたがらない野菜の代表格だが、このレシピで作ると、きっと誰でもおいしく食べられるだろう。インド料理の真髄はヴェジタリアン料理にあるのだ。

■材料(2人分):

  • グリーンピース 500g
  • 小さく角切りしたニンジン 500g
  • 油 大さじ2杯
  • クミンシード 小さじ1杯
  • チリ・パウダー 小さじ1杯
  • ターメリック・パウダー 小さじ0.5杯
  • 塩 小さじ1杯
  • ライム1個分の汁
  • 砂糖 小さじ1杯
  • ガーリック・ペースト 小さじ1杯
  • ジンジャー・ペースト 大さじ1杯

■作り方:

  1. フライパンで油を熱し、煙が出て来たらクミンシード、ジンジャー・ペースト、ガーリック・ペーストを入れてかき混ぜ、ニンジンとグリーンピースを入れる。
  2. 蓋をし、弱火で熱する。
  3. 火が通ったら、塩、チリ・パウダー、ターメリック・パウダーを加え、数分間かき混ぜる。
  4. 砂糖とライム汁を入れてよくかき混ぜる。

 ※ニンジンになかなか火が通らない場合は、少量の水を加えて蓋をし、熱するといい。

 実はラージャスターン州は、グルメに関しては弱い州だと思うのだが、シェーカーワーティー地方だけは別で、料理の質はどこも基本的に高い。その中でもメヘンサルは、食と酒を楽しむことのできるパラダイスである。時間と機会があれば、また行って、数日間ゆっくりしてみたい町である。

2014年2月15日 | カテゴリー : 旅誌 | 投稿者 : arukakat