[dropcap]ジ[/dropcap]ャワーハルラール・ネルー大学(JNU)の独身寮住まいだった頃、一日三食の食事は寮のメス(食堂)で済ませていた。外国人には多少の便宜が図られていたものの、一般的には食べても食べなくてもチャージされるシステムだったので、自然となるべく寮で食事をするようになった。
菜食主義者が多いインドのことなので、寮の食事も菜食主義者に大いに配慮されている。と言うより、実際は経費節約の理由からであろう、ノン・ヴェジ料理は限られた日にのみ提供されている。月、水、金、日がノン・ヴェジ・メニューのある日で、僕の住んでいたブラフマプトラ寮では、月曜日の夕食は卵カレー、水曜日の夕食はチキン・ビリヤーニー、金曜日の夕食はマトン・カレー、日曜日の夕食は魚カレーというパターンが多かった。ヴェジタリアンにはノン・ヴェジの日にミターイー(甘いお菓子)が追加で提供されて差額調整がされたりする。その他、月に一度のスペシャルデーなるものがあり、その日は豪華な食事となる。スペシャルデーにはもちろんノン・ヴェジの選択肢もあるし、食後のアイスクリームが何よりの楽しみだ。インド人の学生にとって、アイスクリームでディナーを終えるのはこの上なく贅沢なのである。僕も、そういう環境に長くいたために、そう思うようになってしまった。だが、基本的には寮で食事をする以上、誰でも週の大半はヴェジタリアン・メニューを食べて過ごすことになる。
そんな訳で、JNUの寮に住んでいると、自動的に「半ヴェジ」生活となる。しかも、メニューはとても単調だ。毎日肉料理を食べるのが普通である大半の外国人留学生にとって、寮の食生活は耐えがたいものであるようだ。だが、僕はメスの料理が大好きだった。ちょっと変な外国人留学生だったかもしれない。
そして、今、日本に帰国し、インドでの食生活を思い出す際、一番食べたくなるのは、やはりJNUのメスで毎日食べていた安っぽいダールである。メスにおいて、ダール(豆カレー)、ライス、チャパーティー(練った未発酵小麦粉を炙った主食)は食べ放題で、山盛りのライスにダールを思いっ切りぶっかけて、空腹を満たしていた。あのダールが今とても恋しいのである。
豊臣秀吉は、太閤となった後、家来にこんなことを語ったと言う―――「位が高くなっていろいろ贅沢なものを食べたが、貧しい時代腹が減ったときに食べた、麦飯ほど美味いものはなかった。」
インドでご馳走と呼ばれる料理もたくさん口にしたが、不思議と恋しくなるのは安っぽい料理だ。アル・カウサルのカーコーリー・カバーブやアフガーニー・チキンも懐かしいが、もしひとつだけ選べと言われれば、JNUのメスで食べていたあのダールを選んでしまうかもしれない。特にチャナー豆のダールが好きだった。ダールだけで茶碗何杯もご飯を食べられる。
JNUのダールだけでなく、いろいろな場所で食べたダールが想い出に残っている。「ダールの王様」を自称するインド人の友人の家でよく食べさせてもらっていたダールはシンプルかつ奥深い味であったし、マナーリー~レー・ロードの途上にあるテントで寒さに震えながら食べた砂利混じりのダールほどありがたいものはなかった。
ダールは、苦手とする外国人も多いのだが、僕は最初から好んで食べていた。だが、アチャール(漬け物)は違う。僕はインドに住み始めた当初、アチャールが苦手だった。しかし、JNUのメスで何となく食べるようになり、いつの間にか好物のひとつになっていた。インドの旅先では、パラーターとアチャールで朝食を済ますことも多かった。アチャールだけで1日活動する元気が出た。
インドの庶民料理に慣れ親しむことができるかどうかは、インドを愛することができるかどうか、ひいてはインドに愛されるかどうかの大きな分かれ目のように感じる。レストランで食べられるインド料理とは違った宇宙が広がっているし、インド人の自宅に招待されたときに提供されるご馳走ともまた一味違っている。インド料理の本当の実力は家庭料理にあるということは議論を待たないだろうが、その中でも、外向けではない、日常の素朴な料理に真髄があると言ったら、多少は物議を醸すだろうか。だが、本当の「おいしさ」とは、このような毎日食べても飽きないような料理こそが、本来は享受すべきものであると感じる。
あのJNUのメスで出されるダールのような料理は、普通のレストランではなかなか食べられない。地方の安食堂へ行けば、もしかしたら食べられるかもしれないが、見つけられる自信はない。あのダールを腹一杯食べていた時代が今になると本当に懐かしい。
日頃から「ダールの不味いダーバーは味噌汁の不味い定食屋と同じ。即刻潰れてよろし。」と公言し、どんなに美味いサブジーがあってもダールがないと食べた気がしないだけに、勝さん(とお呼びしてよろしいでしょうか?)おっしゃる事よく分かります。
ちなみに私はグルドワーラーのランガルで出るダールとチャパーティーが好きで、それに生のピヤージとマンゴーのアチャールが付けば最後の晩餐の選択肢の中に入ります。
ああ、確かに寺院やグルドワーラーでの食事は、メスの料理と共通するものがありますね。東日本大震災での炊き出しでもカレーが人気あったというし、インド料理(またはその亜種)は大量生産系の食事に適しているようです。
呼び方は勝さんでもいいですし、アルカカットでもいいです。一応、サイトの名前がバハードゥルシャー勝で、管理人がアルカカットということになってします。