[dropcap]イ[/dropcap]ンドに住んでいるときは、よく人から、特に一時的にインドを訪れた日本人から、「毎日何を食べているのか?日本料理が恋しくならないのか?」と聞かれたものだったが、インドで日本料理が食べたいと思ったことは一度もなかった。それほどインド料理が口にあったからであった。毎日でもインド料理を食べていられる。間違いなく、インドに長く住む際のコツは、インド料理と仲良くなることである。
しかし困ったのは日本に帰ってからだった。時々無性にインド料理が食べたくなる。幸い、僕が日本を留守にしていた10年余り、日本では凄まじい勢いでインド料理レストランが開店し、今やどこにでもインド料理レストランがある時代となった。しかしながら、インド本国でインド料理に親しんで来た者の舌鼓をティラキタと打つようなインド料理レストランに出会うことは難しい。なら自分で作ればいい、という話であるが、こんなこともあろうかとインドから予め持ち込んでいた大量のインド食材は虫が沸いて多くが廃棄処分となってしまった。生態系を変えてはいけないので、多分今後もインド食材を大量に輸入することはないであろう。
日本でおいしいインド料理レストランを求めて彷徨い始めてまだ数ヶ月しか経っていないのだが、極上のインド料理にありつくには、いくつかコツがあることに気付いた。まず、レストランの位置。オフィス街にあるのか、それとも住宅街にあるのか、でレストランの性格はだいぶ異なる。何がポイントかというと、インド人サラリーマンなどが来やすい位置にあるかどうかということであり、その如何によって、そのレストランの味の傾向が予想できる。東京や大阪など、大都市のオフィス街に位置するインド料理レストランにはインド人客が訪れるため、自然と本場の味を提供するようになる。一方、インド人が来る可能性の低い、住宅街や地方都市などに位置するインド料理レストランは、客が日本人に限定されるため、どうしても日本人向けの味付けをするようになる。
別に日本人向けインド料理レストランがいけないという訳ではない。客が日本人のみなら、それに合わせた工夫をすることは生き残りのために絶対必要だからだ。しかし、一般の日本人は、残念ながらインド料理を誤解している。どうも見ていると、日本人はナーンを食べるためにインド料理レストランを訪れているらしい。インドでそんな話、聞いたことがない。外食する際、このレストランのナーンがおいしいから、などという理由でそこを選ぶことは絶対にない。なぜならナーンは添え物に過ぎないからだ。ナーンがおいしいに越したことはないが、メインはナーンにつける肉料理や野菜料理などであり、その味でもって、そのレストランが評価されるのである。白飯を食べるために日本料理レストランに行く日本人がいるだろうか?
そんな日本人の勘違いをさらに助長させているのが、日本におけるナーンの異常進化である。僕が知らない間に日本ではナーンが菓子パン化していた。ガーリックナーンぐらいなら本国にもあるが、ハニーチーズナーンやあんこナーンなど、インド人の知らないインド料理が誕生しつつある。なんだかナーンをモデルにした「ゆるキャラ」まで登場したらしい。
そんな状態なので、どうしてもおかずの方に力が注がれなくなってしまっているように感じる。繰り替えすが、日本人向けインド料理レストランが全く駄目だという訳ではない。日本人は各国の料理を日本人向けにアレンジして来ており、インド料理についてもそういう方向性はありだろう。しかし、本場の味を求めようとすると、そういうレストランでは物足りなさを感じることが圧倒的に多い。
さて、いざインド料理レストランに入って、まず確認すべきなのは、シェフがどの国の人なのか、ということである。今まで見たところ、主に日本人向けにインド料理レストランをやっている場所では、ネパール人が料理を作っていることが非常に多い。日本のインド料理レストラン自体、ネパール人シェフの店が大半なので、どうしてもそうなってしまう。「インド料理」ではなく、「インド・ネパール料理」などと看板に書かれていたら、間違いなくネパール人シェフの店だ。ネパール人の店で、とてもおいしい料理を提供してくれるところもあるのだが、多くの場合、ガッカリさせられる。一方、インド人もしくはパーキスターン人がシェフだと、味に妥協していないことが多い。好意的に評価すれば、おそらくネパール人は器用なのだろう。日本人のニーズに合わせて料理を変えて行くことができるのだと思う。だが、本場の味を求めようとした際、そういう工夫が仇となる。だから、シェフがインド人またはパーキスターン人であると分かると、不器用にも本筋を通しているのではないかと、俄然期待が湧く。ついでに出身州も聞くといい。海沿いの州出身だと、シーフード料理にも期待ができる。
例外的に、ネパール人がシェフを務めるインド料理レストランであっても、ネパール料理を提供してくれる場所ならば、素晴らしい料理にありつけることがある。実はネパール料理の方が一般の日本人の口には合うので、無理にインド料理を出さず、ネパール料理で勝負すればいいのではないかと思うのだが、それだとやはり集客が難しくなるのであろうか。特にモモやダール・バートなどがメニューにあると嬉しくなる。ネパール人がシェフの店では、念のためにネパール料理を作れるか聞いてみるといいだろう。彼らが普段食べている料理の方が絶対においしい。
シェフの国籍が判明した後、もうひとつ質問をすべきである。それは、米のことである。おそらくメニューにはライス・アイテムもいくつか掲載されていると思うが、米は何を使っているのか、日本米なのかインド米なのか、インド米ならばバースマティー・ライスを使っているのかどうか、聞くべきだ。もし日本米を使っているとのことだったら、ライス・アイテムは綺麗さっぱり諦める。日本米を使ったインド料理など試すだけ無駄である。バースマティー・ライスを使っているならば、ビリヤーニーなど、ライス・アイテムも選択肢に入って来るし、プレーン・ライスと共にダールなどを食べる気にもなって来る。
さて、これらの質問をした後、一通りメニューを見渡す訳だが、一般のインド料理レストランでは、サラダやカバーブ(焼き物)などを除き、汁物ばかりであることに気付くだろう。どうも日本人はインド料理というとカレーを連想し、カレーというと汁物を連想するため、こうなってしまうようだ。だが、インド本国でも日本でも、おいしいインド料理にありつくコツは、なるべくドライのアイテムを注文することである。そしてドライ系のアイテムがメニューに豊富ならば、そのレストランは本気であることが分かる。ちなみに僕はアールー・ゴービーが好きだ。もしドライ系のアイテムが見当たらなくても、作れるかどうか聞いてみる価値はある。材料さえあれば、意外に快く作ってくれたりする。
日本のインド料理レストランでは、ランチタイムに食べ放題やランチセットを提供していることが多い。極端なところでは、ランチタイムに通常メニューのオーダーを受け付けていない。しかし、どうもランチタイムは薄利多売を目指しているようで、あらゆる面で味に手抜きをしているように感じられてならない。例えばディナーではバースマティー・ライスを使っているのに、ランチでは日本米を使うなど。インド料理を本当に楽しむなら、ディナータイムに行くべきである。
長々と日本のインド料理レストランでおいしいインド料理を食べるためのコツについて書いてきたが、最終的には、その店と仲良くなることが大事であると思う。そして、自分は日本人向けのインド料理ではなく、本場のインド料理レストランが食べたいんだということをアピールする。インド人であれ、ネパール人であれ、パーキスターン人であれ、客との交流に飢えているところがあり、気軽に会話に応じてくれる。そしてちょっと仲良くなるとサービスでチャーイやデザートなど、ちょっとした小品を出してくれる。多分、インド料理レストランの一番の醍醐味は、南アジア人に共通するこの人懐こさにあると感じる。
インド経験3年未満のインド初級者ですが、日本で食べるインド料理には全く同感です。
日本のふわっふわで少し甘みのあるナンは、あまりお料理と相性が良いように感じません。現地で食べるナンやチャパティやパラタは、日本では受け入れられないのでしょうか。
お料理も、ランチだと大抵はグレービーしか用意されていないようです。
インドではどこでも食べられるものが、とても恋しくなります。
日本のインド料理レストランのランチ・メニューは大問題ですよね。
手を抜いているところが多すぎます。
結局、突き詰めると自分で作るのが一番おいしいというのが
多くの日本人インド料理愛好家の辿りつく結論でしょう。