[dropcap]イ[/dropcap]ンドのナレーンドラ・モーディー首相が公式の場で英語を話したことがニュースになっていた。
2014年6月30日に、アーンドラ・プラデーシュ州シュリーハリコータの発射基地から極軌道打ち上げロケット(PSLV)が打ち上げられた。これに立ち会ったモーディー首相がインド宇宙研究機関(ISRO)職員へのねぎらいの言葉の一部を英語で話したと言うのである。7月1日付けのタイムズ・オブ・インディア紙で目にした記事であった。
インドのことをよく知らない人にとっては何のこっちゃというニュースであろう。このPSLVは外国の人工衛星を5基積んでおり、インドが本格的に宇宙ビジネスに参画したことの方が一般にはより意味のあるニュースだ。
だが、どうもモーディー首相は5月16日の首相就任から1ヶ月以上、公式の場で英語を話さなかったらしい。英語が得意ではないと言う訳ではない。モーディー首相は英語も堪能であることが知られている。インドの首相は、インドの連邦公用語であるヒンディー語を公式の場で使用するのが当然というこだわりがあったようで、外国首脳との会談でも頑なにヒンディー語で通したと言う。ちなみに、モーディー首相はヒンディー語の母語話者ではない。
PSLV打ち上げの場で部分的に英語を使ったのは、ISROの研究者や技術者の中にヒンディー語が得意ではない南インド人が多く、彼らでも理解できるようにとの配慮をしたからのようだ。ただ、穿った見方も出ており、英語も堪能であることをここらで示す目的もあったのではないかと言う声もある。
インドは単に多言語国家であるだけでなく、もしくは多言語国家であるが故に、何を話すかという以上に、どの言語で話すかが意味を持って来る。英領植民地時代以降は英語が最もステータスの高い言語として君臨しているため、特に知的階層では英語の運用能力が必須となって来る。ただし、政治家というのは他の知的階層とは異なり、英語の語学力をひけらかすことが必ずしも自身のプラスに働かない。政治家に力を与えるのは多くの場合、英語が出来ない大衆層だからだ。よって、大衆層に親近感を感じさせ、支持を得るため、極力英語を使わないという選択肢が出て来る。
モーディー首相の親ヒンディー語主義は今回の下院総選挙では功を奏し、ヒンディー語の牙城であるウッタル・プラデーシュ州ではインド人民党(BJP)の大勝を演出した。だが、首相に就任してからは、インド最高の頭脳である高級官僚たちを使いこなして行かねばならない。知識階層のパスポートである英語が使えないとなると、彼らに見下されしまう。よって、英語も力も時々は示して行かねばならない。モーディー首相の今回の英語スピーチは、そのための計算し尽くされたステップだったと考えることができる。
ただ、モーディー首相がやっと英語でスピーチをしたことを喜々として伝えているのが英語紙であることも忘れてはならない。英語の普及と英語紙の読者増は表裏一体の問題であり、インドの英語メディアは必要以上に英語教育の後押しとなるニュースを好んで報道する。ヒンディー語しか使わないモーディー首相の存在は英語メディアにとって快いものではなかったはずで、今回彼が少しだけでも英語を使ってくれたことで、多少胸をなで下ろすことになったのだろう。わざわざこんな些細なことをニュースにすると言うのは、英語メディアの焦燥感の表れと見ても良さそうである。