[dropcap]2[/dropcap]013年12月末に九州に家族で旅行をして来た。
インドに住んでいるときは暇があれば旅行をしていたものだが、日本に帰って来てからは、仕事での出張を除けば、とんと出不精になってしまった。小さな子供を連れての旅行が、今のところ子供が成長するに従ってより大きな負担になって来ていることと、日本での旅行のコツが未だに掴めていないことが要因であろう。
しかし、今回は勇気を出して九州まで足を伸ばしてみた。土壇場で旅行を決めたので、新幹線のグリーン車を使わなければならなかったり、名古屋に前泊しなければならなかったりと、いろいろ不都合があったのだが、何とか旅行をすることができた。
案の定、1人で、または大人と旅行をしているときとは違って、いろいろなトラブルに見舞われるものだ。初日に上の子供(3歳)が靴を片方どこかに落としてしまうというハプニングがあり、旅行先で子供用の靴を捜さなければならないという、多少難易度の高いタスクが余分に生じたりした。2013年2月のアンダマン旅行でも、普段はしないようなイージー・ミスをしていたので、つくづく子連れの旅は全く別物だと実感させられた。
ところで、今回の旅先のメインは別府であった。別府と言えば温泉なのだが、僕には温泉よりも興味のあるものがあった。それは立命館アジア太平洋大学(APU)である。在校生の半分が外国人留学生というユニークな大学で、キャンパスは別府郊外の山奥に位置している。最近、APUがデリーに、インド人留学生を募集するために出先機関を設置したため、その存在をよく知ることになった。また、ちょうどインド人の友人が同大学に留学中で、せっかくなので彼女がいる間に訪れてみたいと思っていたのである。
そんな訳で早朝、名古屋から新幹線グリーン車に乗り込んだ訳だが、車内の座席ポケットにウェッジという雑誌が入っており、閲覧・持ち帰りできた。2014年1月号であった。その中に、我々にとって非常にタイムリーな記事があった。「中古車支配するパキスタン人 SNSで輸出拡大」という題名で、その内容は、APU出身のパーキスターン人が日本の中古車市場を牛耳っているというものであった。在日パーキスターン人の多くが日本で中古車輸出業に携わっていることは前々から知っていたが、その実態について初めて具体的な事実を知ることができた。
その記事によると、パーキスターン人が日本の中古車市場に関わるようになったそもそものきっかけは、1970年に研修生として来日したライース・スィッディーキーという人物が本国に日本の中古車4台を送ったことだと言う。それを機にパーキスターンで日本の中古車の需要が高まり、パーキスターン人の来日も増加した。現在では日本の中古車業界の5割以上がパーキスターン人業者だと言う。
APUの開学は2000年であるので、パーキスターン人による中古車市場支配の黎明期において同大学が果たした役割というのはゼロだったと言っていいだろう。だが、同大学開学後は、ここに留学したパーキスターン人同士が国内外にネットワークを構築し、中古車市場を一気に牛耳ることになったようである。また、中古車の輸出先は意外なことにパーキスターンのみではなく、ロシア、ミャンマー、アラブ首長国連邦がトップ3となっている。さらに、上位20ヶ国中にはアフリカ諸国が6ヶ国含まれる。やはり、APU出身者同士の国籍を越えた国際的ネットワークが、ここでも活かされているのだと言う。
ところで、前述の通りAPUは別府市の郊外に位置している。駅前のバス停からは複数のAPU行きバスが出ているが、便数が多くて便利なのは大分交通のバスのようである。別府駅から35~40分くらい掛かる。しばらく市街地を走り、亀川駅を出た後、山道に入り、グングン標高を上げて行く。前日降り積もった雪がまだ道に残る、別府市街地とは全くの別世界であった。
APU駅のひとつ手前にAPハウス駅があり、ここに立派な学生寮がある。1300人収容可能で、国内外の学生たちが共同生活を送っている。現在は年末年始の帰省の時期であるため、活気はなかったが、少し中を歩いただけでも、国際色豊かな雰囲気を感じ取ることができた。ジャワーハルラール・ネルー大学(JNU)時代は長く寮生活をしていたので、学生寮には郷愁を感じる。JNUの寮とは設備も清潔度も全く異なるので、一緒にするのは失礼かもしれないが…。
APハウスからキャンパスへは橋が通じており、そこを渡ってキャンパスまで徒歩で行けるようになっている。もちろんこの時期大学の校舎は閉まっているのだが、キャンパスは歩くことができた。日陰には雪が残っており、子供たちは初めて雪と実際に触れ合う機会ができた。APUからの別府湾の景色は素晴らしかった。
やはり現在でもAPUに在学するパーキスターン人は多いようで、インド人留学生の数を越えると言う。国の経済状況によって奨学金の額が異なり、パーキスターン人への奨学金はインド人よりも多いのがその主な原因だそうだ。しかし、APUで出会ったインド人とパーキスターン人が中古車業で手を組むことはないのだろうか?インドにも日本の中古車を輸出すればいいのではなかろうか?ついそんなことを考えてしまうが、残念ながらインドでは日本の中古車は全く普及していない。それは、インドが中古車輸入に対して厳しい規制を敷いているからに他ならない。例えば、製造日から3年以上経過した中古車の輸入は禁止であるし、その他、関税や煩雑な手続きなどクリアせねばならず、事実上中古車の輸入は採算が取れない状態となっている。よって、APUに留学したインド人は、何か別の商売を見つけなければならないだろう。