デリーの月別出生数

[dropcap]イ[/dropcap]ンドでは時期ごとに出生数が異なると言われて来ていた。特にインド亜大陸の大部分の地域で最も気温の高くなる酷暑期(4-6月)に生まれる子供の数は少ないとされている。今までは伝聞だったのだが、最近それを裏付けるデータが手に入ったのでここで報告したい。2014年8月25日付けタイムズ・オブ・インディア紙デリー版一面に、「Both births and deaths drop in Delhi summer」という記事があり、その中で月別の出生数を示した表が掲載されていた。それが以下のものである。

デリーの月別出生数

 

 この表の大元の情報源はデリー戸籍システム年次報告書(Delhi Civil Registration System Annual Report)である。2013年のものはここからダウンロードできる。このような便利なものがあるとは今まで知らなかったため、この報告書が手に入っただけでも大きな収穫であった。

 さて、データを見ると、確かに酷暑期にあたる4月から6月の出生数が極端に少ない。この理由として、記事の中では、モンスーン期(6月から9月)に結婚式を行わない習慣があるためであろうと推測している。この時期に妊娠すると、出産はちょうど酷暑期になる。そういう仮説が成り立つということは、裏を返せば、インド人は結婚式直後に集中的に子作りをし、それで大体めでたく妊娠するということか。多少関係しているかもしれないが、仮説としては弱い。

 インド人にインドのことを講釈するのはおこがましいように感じるのだが、インドには昔からモンスーン期に子作りをしないという知恵があり、それが現代でも生きているというのが、酷暑期に出生数が下がる大きな理由なのではなかろうか。アーユルヴェーダでもそう戒められていると聞く。なぜなら、摂氏40度を超す日々が続く酷暑期に生まれる子供は死亡率が高くなるからだ。なるべくこの時期を避けて出産できるように、祭りや結婚式シーズンが配置されている。結婚式はもちろんのこと、祭りも生殖と大いに関係がある。

 上の表はデリーのみを扱っているが、全国的な傾向も変わらないと言う。インドで全土で、酷暑期に出生数が下がる傾向にある。

 ただ、酷暑期に死亡数も減るというのは初耳であった。出生数ほど月ごとに明確な差はないが、上の表によると、全体的な傾向として、デリーでは酷暑期に死ぬ人が少なく、冬期に死ぬ人が多い。この理由としては、酷暑期には高温と乾燥のために病原菌が死に絶え、病気に感染する確率が低くなり、冬期には大気汚染の影響で呼吸器系の疾患が増え、気温の低下により心臓発作などのリスクが高まるため、という仮説が立てられている。ただ、死亡数については、出生数ほどコントロールが利くものではないため、それ以上の議論はあまり意味がないだろう。

 出生数についてもう少し詳しく見て行きたい。デリーでは酷暑期に出生数が極端に下がるが、他の国ではどうなのだろうか。インドの首都と比較しやすいのは日本の首都である東京だ。東京都の統計というウェブサイトに、東京都の2013年の出生数データがあったので、デリーのデータと合わせてグラフ化してみた。

デリーと東京の出生数

 2013年の時点でデリーNCTの人口は1,680万人、東京都の人口は1330万人である。論点とあまり関係ないのだが、やはり両都市間での出生数の違いに改めて驚く。東京に比べてデリーでは子供が約3倍多く生まれている。これが、少子化の進む国と健全な人口ピラミッドを維持している国との差であろう。このグラフだとよく分かるが、デリーでは月ごとに極端に出生数の違いがあるのに対し、東京では多少の増減はあるものの、月別に有意な差は特に見受けられない。

 ただ、2013年のデータだけを見比べただけでは説得力に欠ける。そこで両都市の過去3年分(2011-13年)の月別出生数も調べてみた。なぜ3年分だけかと言うと、デリーの2010年の報告書に月別出生数のデータが載っていなかったからである。それ以前の報告書には掲載されていたため、ミスで落としてしまったのだと思われる。2010年だけデータが抜けると見栄えがよくないので、両都市の過去3年分の比較に留めたと言う訳である。まずは東京の様子を見てみよう。

東京の月別出生数推移

 東京のデータのみを抽出すると、緩やかに出生数が多めの月と少なめの月があることが分かるが、デリーほど顕著な差がある訳ではない。年によっても変動するので、時期や季節と出生数の相関関係は低いと言える。10月に出生数がやや多い傾向にあるが、これは12月のクリスマスの影響であろうか。相関関係らしきものはそれだけだ。

 次にデリーの過去3年分の月別出生数のグラフを見てみよう。

デリーの月別出生数推移

 デリーは、年によって傾向が大きく異なるということはない。やはり酷暑期に出生数が少ないのは間違いない。唯一気になるのは、2012年9月の出生数が例年と比べて激減していることだ。その10ヶ月前となる2011年11月前後に何か特別なことがあったのだろうか。考えてみたが思い当たらない。何らかの事件があったのか、占星術上の問題か。そうでなければ統計ミスなのではないかと考えている。それより前のデータも遡って見てみたが、9月だけ激減していることはない。何にしろ、酷暑期に出生数が少ないことは事実だと言っていいだろう。

 ところで、情報源となった報告書は、出生死亡届法(the Registration of Births & Deaths Act 1969)という法律に基づいて提出される出生届・死亡届を元にして作成されている。出生届と死亡届の提出は上の法律によって義務化されており、それが守られる限り、人口の正確な把握が可能となる。ところが、法律をよく読んでみると、届出をしなかった場合の罰則が非常に軽い。規定では出生や死亡から21日以内に出生届または死亡届を提出することになっており、それを過ぎると罰金を支払わないといけない。ところがその額は、22日以降30日以内だと2ルピー、31日以降1年以内だと5ルピー、1年を過ぎると10ルピーとなっており、現在の物価から考えるとタダみたいな値段である。よって、この法律はうまく機能していないのではないかと容易に推測できる。と言うことは、この報告書のデータもやはり完全に信頼できるものではないと言うことだ。あくまで参考値として考えた上で、傾向として、酷暑期に生まれる子供は少ないということが言える、という書き方が最も安全であろう。

2014年8月28日 | カテゴリー : ブログ | 投稿者 : arukakat