インド都市部の出生率

[dropcap]2[/dropcap]016年5月14日付けのタイムス・オブ・インディア紙に、インドの都市部において出生率が低下しているとの記事があった(Fertility rate in India’s cities lower than in US, Oz, France)。

 インドの人口は12億人以上あり、2025年頃には中国を抜いて、世界一となる見込みである。日柄のいい日には市内各所で一斉に結婚式が行われ、各地で大渋滞が発生することなど日常茶飯事で、そういう日があるたびに、インド人の数がますます増えて行くことを、幾ばくかの恐怖をもって実感していたものだった。街角で見かける子供の数も圧倒的に多く、社会の中で子供の存在が当然視されている。それらを見るにつけ、インドの人口増加は疑いようもない事実であるように感じられる。さらに、インドは人口が多いだけでなく、人口構成のバランスがいいことでも知られる。25歳以下の人口が全人口の半数を占めるインドの人口ピラミッドは、本当にきれいなピラミッド型である。長年にわたる一人っ子政策の影響でいびつな人口構成となっているもうひとつの大国、中国に比べ、これはインドの強みとされている。

 

 一方で、不妊の問題が増加していることも実感していた。女性の社会進出による晩婚化が最大の原因であろうか、子供ができず、不妊治療に通う知り合いが周囲に何組もいた。ちなみに、女性の平均結婚年齢は、日本が29歳であるのに対し、インドが22歳であるので、晩婚化と言っても、日本と比べたらどうということのないレベルに見える。しかし、インドは平均のない国。実態は分からない。幼児婚の風習が残る農村部のせいで平均結婚年齢が下がっているだけかもしれない。もちろん、不妊の問題は昔からあったものであろうし、寺院や聖者廟などを訪れる人々の最大の関心事のひとつがずっと子宝成就であったことは容易にうかがい知ることができる。それでも、子供ができない夫婦が近年急増しているような、不気味な実感があった。

 日本では「生涯未婚率」という用語をよく聞く。50歳になった時点で一度も結婚したことがない人の割合を言う。インドはアレンジド・マリッジのシステムが根強く残っているため、未婚者の増加問題についても、日本より深刻度は低いだろう。男女とも、恋愛相手がいようといまいと、特定の年齢になると、親が決めて来た相手とお見合いをし、結婚をする傾向が非常に強い。それに伴って、結婚斡旋業界が日本に負けず劣らず活況を呈しており、伝統的な新聞広告から、最近のトレンドであるネット上のマッチングサイトまで、よく活用されている。

 それではなぜ、出生率が低下しているのか。まずはデータを見てみよう。インドの内務省の下にある登録官長&国勢調査官庁(Office of Registrar General & Census Commissioner)が最近発表した「インドの出生率及び死亡率の概要 1971-2013年(Compendium of India’s Fertility and Mortality Indicator, 1971-2013)」によると、インドの全体の出生率は2013年のデータで2.3。1971年には5.2あったのだが、それが半分以下になってしまった。これを都市と農村で分けてみると、農村部の出生率が2013年には2.5であるのに対し、都市部の出生率は2013年には1.8まで下がっている。ちなみに理想的な数値は2.1で、日本は1.4である。同記事によると、インドの都市部の出生率は、ブラジルや英国の全体の出生率と同レベルとなり、フランス(2.0)、オーストラリア(1.9)、米国(1.9)よりも低い数字となった。

インドの出生率

 州別に見ると、出生率がもっとも低いのが西ベンガル州。州全体の出生率は1.6。これが都市部になると1.2という危機的な数字だ。西ベンガル州で「都市」と言ったらほとんどコールカーターのことであろう。つまり、コールカーターは日本よりも深刻な少子化に陥っていると言える。

 出生率の原因は何であろうか。不妊の問題が仮に増加しているとしても、それが主な原因とはなり得ないだろう。出生率低下の最大の原因は、各夫婦が作る子供の数の減少としか言いようがない。デリーのような都市部において、確かに5人、6人と子供を作っているような家庭は少ない。これは、家族計画の普及、乳児死亡率の低下による多産の必要性の低下、価値観の多様化など、様々な要因が組み合わさって起こった結果だと言える。

 少し恐いのは女児堕胎の影響だ。アーミル・カーンがホストを務めた「Satyamev Jayate」というテレビ番組では、女児堕胎は都市部の方が深刻であるという驚きの実態が明らかにされた。そもそも女児堕胎は、70年代から始まった人口抑制政策のひとつであった。男児を好む風潮のあるインドでは、男児が生まれるまで子供を作り続ける家庭が多かった。それが人口爆発の原因とされたため、胎児の内に性別を判定し、女児ならば堕胎するという手段が奨励されたのである。これが男女比の異常な不均衡を生み出したため、現在インドでは胎児の性別をチェックするのは禁止されている。しかしながら、闇では公然と性別チェックと女児堕胎が行われているという話である。生まれるはずだった子供が生まれなくなるため、出生率の低下の一因となったとしても驚かない。

 人口はインドの強みとされるが、もし都市部で急激に少子化が進んでいるのが事実だとすれば、安心ばかりはしていられないだろう。都市によっては日本よりも出生率が低いところもある。インドは何事においても極端な国だ。人口が増えるのはいいが、農村部の人口ばかりが増えているとしたら、どうであろうか。

2016年5月20日 | カテゴリー : ブログ | 投稿者 : arukakat