[dropcap]イ[/dropcap]ンドを代表する酒と言えばオールド・モンクだ。サトウキビ汁から蒸留されるラム酒で、オールド・パーに似た立方体型のボトルと、ラベルに刻印されたニッコリ笑顔のおじさんがトレードマークのダーク・ラムである。製造会社はモーハン・ミーキン社。英領時代の1855年に創業された会社で、オールド・モンクのブランド自体は独立後の1954年に立ち上げられた。工場はウッタル・プラデーシュ州ガーズィヤーバードにあり、インド全土で販売されている。長らく世界でもっとも売れているラム酒のブランドとして知られていた。
僕のインド時代の思い出はオールド・モンクと共にある。留学当初、インド人の友人の家に行くと必ず出されたのがオールド・モンクであり、すっかりはまってしまった。以来、オールド・モンクを愛飲し続けた。家にオールド・モンクがないと落ち着かなくなるほど、生活に欠かせない存在だった。インドではキングフィッシャーという銘柄のビールも有名で、こちらもよく飲んだが、オールド・モンクへの愛情と執着は別格である。日本に戻った後、オールド・モンクに代わる、日本でも容易に入手可能なラム酒を探し求めたが、遂に見つからなかった。酒は嗜好品なので、いくら同じラム酒であっても、好きでない銘柄を飲むのでは意味がない。今では何としてでもオールド・モンクを手に入れることにしている。
インドでは近年になって様々な種類の酒が手に入るようになったが、オールド・モンクの人気は根強く、僕と同じように、「やっぱりオールド・モンクでなければ駄目だ」という人も少なくないようだ。そんなオールド・モンク愛好家たちにとって、最近ショッキングなことがあった。オールド・モンクが製造・販売中止になるのではないか、という噂が出回ったのである。事の発端は7月12日付けのタイムズ・オブ・インディア紙が載せた、オールド・モンクの販売量が下がっているという記事である(Old Monk lives on a prayer)。
その記事によると、オールド・モンクの販売量が最高潮の820万箱に達した2002年以来、その数は減り続けており、2014年には390万箱にまで落ち込んでしまったと言う。
その原因のひとつは、輸入規制の緩和により、海外のラム酒ブランドがインドに進出し、オールド・モンクの市場シェアを奪ったということが挙げられる。特に影響力が大きかったのが、世界市場トップのラム酒、プエルトリコのバカルディだ。オールド・モンクはダーク・ラムしかないのに対し ((ただ、最近はホワイト・ラムのオールド・モンクも販売されているらしい)) 、バカルディはダーク、ゴールド、ホワイトと各種バラエティを取りそろえている。オールド・モンクをはじめとしたダーク・ラムは基本的にコーラ、ソーダ、水などで割って飲むしかなく、インドではほぼ完全に男性向けの酒に分類されるが、インドの女性はワインやカクテルなどを好み、ラム酒は人気がない。その中でもホワイト・ラムはカクテルに利用価値が高く、女性にも好まれやすい。そんなことから、オールド・モンクのシェアを奪っていると言う。
また、販売量でインド一となっているのはマクドウェルNo1セレブレーションだ。「マクドウェルNo1」は元々インドの酒造会社だったユナイテッド・スピリッツ社のブランドで、この名前でウィスキー、ラム、ブランデーなどを販売している。セレブレーションはダーク・ラムの銘柄であり、この販売量が2014年には1820万箱に達している。ユナイテッド・スピリッツ社は現在英国の酒造会社ディアジオの傘下にあり、マーケティング戦略を駆使してマクドウェルNo1ブランドを売り出している。この圧倒的な売上は、そのマーケティングによるところが大きい。ちなみにオールド・モンクは全くマーケティングや宣伝をしていないように見える。
この記事は単にオールド・モンクの販売量が落ちていることをノスタルジックに述べただけであったが、これがオールド・モンクの製造・販売中止という噂に発展して、SNS上で話題となったようである。それに対してモーハン・ミーキン社の幹部がコメントを出した、という記事が7月15日付けのタイムズ・オブ・インディア紙に掲載された(Old Monk won’t die, assures manufacturer)。
結論から先に言えば、オールド・モンクは製造・販売中止にならず、引き続き市場で手に入るとのことであった。オールド・モンクの販売量が落ちているという報道も、必ずしも事実を正しく伝えたものではないようだ。州によっては確かにオールド・モンクの売上が減少しているようだが、それはオールド・モンクの人気が衰えているということではなく、アルコール市場のカルテル化によって、特定のブランドのみが店に並ぶ状況が作られつつあるらしく、オールド・モンクの販売が阻害されていると言う。
これを聞いて安堵のため息を付いたのは言うまでもない。
ところで、前述の記事に書かれていたのだが、ラム酒はインドで売られている蒸留酒(ジン、ウォッカ、ウィスキーなど)の中では唯一の「本物」らしい。ラム酒は、サトウキビの糖蜜を蒸留して作られる。糖蜜はサトウキビ汁から砂糖を抽出した後に残る副産物である。インドはサトウキビの原産国のひとつであり、おいしいサトウキビが採れる場所だ。サトウキビ畑があるところには砂糖工場もあり、これらの工程はインドで行われている。よって、オールド・モンクをはじめとしたインド産のラム酒は純国産である。一方、ウィスキーなど、インドで売られている他の蒸留酒は、正当な方法で作られている訳ではないらしい。例えばウィスキーは大麦、小麦、トウモロコシを蒸留して作られるが、インドで売られている国産のウィスキーは、ラム酒と同様に糖蜜を蒸留して抽出されるアルコールに添加物などを加えているだけのようである。よって、インドのウィスキーは、ウィスキーよりもラム酒に近い飲み物だと言える。このことは初めて知った事実である。